「世界女性学大会」

2005年6月19日ー24日ソウルの梨花女子大学にて 多数・他領域のパネルや特別講演、会議、ワークショップなどからなる一
大イベントが開催されました。

世界大会の関連企画
日時:6月21〜23日
場所:梨花女子大学キャンパスの野外展示
テーマ: Media in "f" Outdoor Media Exhibition
ビデオ上映:日本から出光真子の作品「 At Santa Monica 1 」と鈴木涼子さんの作品
キュレーター: Flaudette May V. Datuin, PhD(Associate Professor, College of Arts, University of the Philippines フィリピンから日本の女性アーティストについての研究で来日中)

日時・場所:6月20日13時より、梨花女子大H102教室にて
テーマ: Geographies, Space and Difference
報告者:チョン・ヨンベク( Chair, 韓国)、 Griselda Pollock (U.K.) 、ユン・ナンジ、シン・ジョン(以上韓国)、若桑みどり、池田忍(以上日本)、 コメンテーター:萩原博子

発表者:若桑みどり氏


1 主旨

この発表の主旨は、現在日本で活躍している女性映像作家出光真子の2005年の作品「 The Past Ahead 」(東京現代美術館開催『愛、孤独そして笑い』、キュレーション、笠原美智子)をとりあげ、この作品に表象された十五年戦争(1930ー1945)の本質を、この作家がどのように把握しまた表現しているかを示すこと、さらにこの歴史認識を発表者が強く支持するものであることを示すことにある。

   その認識とは、十五年戦争を日本帝国主義の中国、朝鮮への暴力的な侵略と支配のプロセスであるとすること、さらに、そこがこの作家ならびに発表者の主張であるが、それは日本国家の内部にある家父長制イデオロギーの拡張にほかならないとするものである。この抽象的な観念を作家がいかなる方法と手段をもって表象しえたか。これが本発表の主旨となる。

  2. 作品の背景 ―― 出光真子の家族とその歴史

   出光真子は、 1940 年、東京に生まれた。その父出光佐三(1885 ― 1981)は、九州福岡県出身で、現在日本で最大の石油会社のひとつである出光興産の創業者である。当時福岡は日本の石炭産業の70%を産出していた(余談だが、発表者の父も福岡の生まれであり、その畑から膨大な石炭が出たため、200年以上続いた家門は、一獲千金の成り金となって一代で壊滅した)。佐三は早くから石油の将来性に着目し、 1911 年、現在出光興産の前身である出光商会を、北九州の貿易港・門司に開き、 門 司を拠点に九州全土、大阪、名古屋、さらに、1914年中国大陸へと販路を拡大、1945年敗戦とともに海外店を閉鎖するまで、帝国の軍需産業を担った。

 佐三の人間像は出光真子の作品に決定的な影響を及ぼした。第一に、彼は徹底的な 儒教的、家父長的男女観を抱いており、その妻、及び四人の娘を「女こども」として軽蔑し、その自立を否定し、人格的に抑圧した。第ニに、彼は天皇制を支持し、軍国主義を賛美していた。それは戦後にいたるまでかわることはなかった。佐三は、敗戦後25年たった1970年11月25日、作家三島由紀夫が自衛隊の決起を促すために自衛隊総監部に乗り込み、憲法改正と、天皇陛下万歳を叫んで切腹したあと、これに感動してその葬式の弔辞を読んだ。出光真子はこの挿話を自伝『 What   a Woman Made 』(2003)で二度繰り返している。作者は、家父長的な父親の根底に天皇制と侵略戦争の肯定があることを見抜いていたにちがいない。ただし、そのことが明瞭に意識化されるのは今回の作品がはじめてである。

   出光真子の人生は、1962年、父からの自立を求めてアメリカに渡り、1966年、父の反対を押し切って画家サム・フランシスと結婚することで大きく転回する。しかし、 そこも、男性優位の社会であることに変りはなかった。 彼女は1981年まで続き、二児を設けたアメリカ人画家との「主婦」としての生活のなかで、父佐三の家におけるのと基本的に同じ抑圧を体験する。そこにはあからさまな女性蔑視を標榜する儒教的倫理はないが、近代的な仮面をかぶった家父長制があった。彼女には、創造者として必要な「自由時間」が、 じゅうぶんに与えられず 、自己の個人としての尊厳を自覚する社会的立場もなかった。著名画家の「妻」としてその内助にあたり、二人の幼児の世話にすべての時間とエネルギーを吸い取られた。 妻、母としてのありかたのほか、「出光真子」としての存在理由を確立することはむずかしかったのである。 それは儒教の三従の教訓(父の家では父に従い、妻としては夫に従い、老いては息子に従え)と同じであった。

 彼女のアメリカ体験は二つの意味をもっている。第一は、アメリカ70年代の草創期のフェミニズムを体験したこと。第ニは、アメリカも、女性にとっては自由の国ではない、そこにも資本主義と合体した家父長制が厳然として存在するということである。彼女は離婚に際して財産分与を減じられたが、その理由の一端は、彼女がアメリカの主婦の義務としての「ディナー・パーティー」を、創作時間を得るために拒否したことにあった。ディナー・パーティーといえば、ジュデイ・シカゴが彼女の夫の家にきたとき、彼女はサムの妻である日本人女には一顧だにしなかったそうだ。

 自我を喪失した出光は「このままでは狂気になる」と思って、幼児の世話をしながらでも創作が可能なメデイアである8ミリカメラを買った。さらに 70 年にカリフォルニア大学ロサンゼルス校 (UCLA) で実験映画の授業を聞き、70年代のアメリカを満たしつつあったウーマン・リブの思想的、文化的運動に接触して、本格的な映像制作を開始し、 75 年頃から東京に定着し、ビデオ作品を中心に『グレート・マザー』シリーズ等の作品を多数発表した。その主題は一貫して「主婦」という女の抑圧装置の告発であった。

 1991年カナダ映画祭、1992年パリ映画祭で受賞した「清子の場合 Kiyoko's Situation 」では実母と姑によって創作活動を禁じられた主婦が自殺するストーリーをもっている。そこには彼女自身とその姉の悲劇が重なっていた。ここでは家父長制家族の長である父は隠れた神となり、その妻たちが家父長制を支えるエージェントとなっている複合的な現実を告発した。

  3. 作品分析

  問題とする作品 The past Ahead は、上記に述べた出光の人生と創作の契機となった「問題点」を総括した作品である。これはビデオ作品ではなく、 installation である。空間の中心に、出光佐三が君臨する「家族写真」が設置されており、その中心に 家長である佐三の肖像がある。作者の兄、母、姉妹、作者自身もそこにいる。巨大な家族写真を透して、人は前方のスクリーンに継起的に映写される DVD / VHS 映像を視ることができる。これらの映像と写真は、十五年戦争時の帝国と植民地の実景場面である。では、ここで作品を映写してみることにしよう。

映写

  以上のように、人は巨大な家族写真を投影したスライドのプロジエクシヨンを透して帝国と植民地の悲惨な実景を視ることもでき、その周囲をめぐって両者の関係を視ることもでき、また、悲惨な実写をみながら家族写真をふりかえることもできる。連続的に投影される戦争中の情景の主題は以下である。

1  DVD  
パールハーバー 攻撃
女性、幼児の死体
避難民(這っている女性)
虐殺
銃殺
昭和天皇観兵式
菊の紋章(天皇のエンブレム)
特攻隊
(以上の映像の出典 「大東亜戦争史・上巻」 JVD   Ltd.

2   VHS     2000 年女性国際戦犯法廷( International Women's Tribunal      2000)
実景     制作ビデオ塾 
マレーシアの元慰安婦ロザリンの証言(一場面)

3 写真
抗日中国人    
中国軍密偵
中国兵銃殺の寸前
従軍慰安婦慰安所
以上 出典は「不許可写真史」毎日新聞社、1977
学徒出陣 
南京大虐殺
日本軍守備隊
以上出典は「朝日クロニクル 週間20世紀」朝日新聞社、1937、1943年版

   また、中央の家族写真は終始動かず、数千年来不動の家父長制システムの恒常的な存在を示す。また日本近代の天皇制国家が家父長的家族を支配の基礎的な単位とし、一国をまた巨大な家族として、その家長を天皇としていたことを暗示するように、その家族写真は巨大に示される。

  いっぽう昭和天皇の観兵式(兵隊を激励する式)騎馬像を頂点として、進軍する皇軍は、植民地で暴虐の限りを尽し、みずからも靖国の鳥居の彼方に消えてゆく。そして今、女性たちによって、開催された天皇を戦争犯罪者として判決をくだした国際女性戦犯法廷の場面が挿入される。

    DVD, VHS で映写される動く画面は「歴史の時間」を示すが、写真として映写される動かない場面は、時間が消すことのない悲惨な「記憶」を刻印している。

   このように、静止画面と、連続画面という異なったレベルの時間、空間を、スライド、ビデオという異なったテクニックと組み合わせることによって作者は記憶された過去の重層性を表象した。

  4. 結論

   空間の中心に置かれた「父」は、大日本帝国国民の「父」であった天皇を重ねあわせていることはすでに述べた。さらに作者は天皇制支持者であり植民者であり家族の圧制者であった「父」を家父長制と他者支配の象徴として植民地と戦争の映像の中心においた。これが、大日本帝国が八紘一宇(世界はみな我が家である)の理念として建国しようとした大植民地の中心にある。この方法によって作者は冒頭に述べた観念 ―― 戦争と植民をひき起す暴力と支配は家父長制家族観念の拡大である ―― をみごとに表現したのである。

   この作品において、長年にわたって家庭内における女性の抑圧を描いてきた作者は、その抑圧が、国家的、世界的なシステムであることを知り、その視野を拡大したのである。

   家父長制的社会において、一般に「女性的」とされているあらゆる価値が封殺され、「男性的」価値が一面的に支配するとき、暴力と戦争が「男性らしさ」の本質として賞揚される。そこに、あらゆる戦争と抑圧の根本原因が仕込まれる。英雄的男性の攻撃性と女性の従属の図式はそのまま征服する敵国への「レイプ」(暴力による基本的恫喝)によって象徴される暴力と支配をつくりだすのである。ベティ・リアドンのいう『他者支配と征服の論理と心性は家父長制社会の家庭と社会で創出される』とする命題( B. Reardon, Sexism and War System , 1985) は、ここできわめてヴァーチャルな方法によって、しかし、比類ないリアリティーをもって表象されたのである。

 


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